映画『聲の形』では、西宮硝子が石田将也に「好き」と気持ちを伝える場面や、
自宅マンションのベランダのへりから、身を投げようとするシーンが描かれます。
観ていて「えっ、どうして急に……?」と戸惑った方も多いかもしれません。

え、ウソでしょ……?
好きって伝えたばっかじゃなかったっけ……?
硝子の行動の背景には、うまく言葉にできない気持ちや、自分でも整理しきれない葛藤がありました。
今回は原作漫画をもとに、彼女がどんな気持ちで石田と向き合っていたのか――
その“想いの流れ”をたどっていきます。
西宮硝子が石田を好きになったのは、なぜ……?5年前の「忘れ物」に込められた想い
小学生の頃、硝子はいじめを受けていました。その中心にいたのが、石田です。
取っ組み合いの喧嘩をしたこともあり、再会したときのぎこちない様子からも、彼は硝子にとって“苦い記憶”の相手だったはず。
それでも硝子は、石田が「忘れ物」と持ってきたノートをきっかけに、少しずつ彼と向き合おうとし始めます。
――実はそのノートは、硝子にとって“ある特別な意味”を持つものでした。
硝子が“声”の代わりに使ったノート
耳が聞こえない硝子は、“声”で会話をすることができません。
そこで彼女は、『筆談用』と書かれたノートを使って、クラスメイトとのコミュニケーションを図ろうとしていました。
けれど、現実は思うようにはいかず――。
筆談にかかる手間や、会話のテンポがうまくつかめないもどかしさから、周囲との間に小さなすれ違いが生まれていきます。
そんな中で、硝子のノートは石田のいたずらに利用され、やがて教室でのいじめがエスカレート。
ノートには悪口や落書きが繰り返され、ついには石田に池へ投げ入れられてしまいます。



ん?ノート拾ったのって硝子ちゃんじゃなかったっけ?
いつの間に石田くんが……?
実は映画では描かれませんが、原作では、硝子が拾い上げたノートを、自分の手でそっと池に沈めていたのです。
それを石田が偶然見つけ、5年間手元に残していました。
彼女はどうして、ノートを池に捨ててしまったのでしょうか?
あのノートと一緒に、硝子が手放したもの
石田に池へ投げられた筆談ノートを、硝子は一度拾い上げたあと、自分の手で沈めました。
それから5年後、捨てたはずのそのノートを手に、石田が現れます。
どう接していいか分からず、硝子はその場を離れますが、手話で会話しようとする石田の変化に、少しずつ向き合うようになります。
あるとき筆談ノートが川に落ち、必死に探す硝子に、石田が「そんなに大事?」と問いかけます。
それに対して硝子は、手話でこう返します。
「一度」 「諦めたけど」
「あなたが拾ってくれたから」
引用元:漫画『聲の形』第2巻・第7話(大今良時/講談社)
硝子が諦めたのは、筆談ノートを通じた“つながり”だったのかもしれません。
転校初日、彼女はクラスメイトに向けて「ノートで仲良くなりたい」と自己紹介していました。
言葉を交わせば、友達になれる。
そう信じていた気持ちごと、ノートと一緒に手放したのでしょう。
石田が返したのは、もう一度話すきっかけ
石田との再会によって、当時の想いが詰まったノートを再び手にした硝子。
すっかり変わった石田と関わるうちに、ふたりの間にもあたたかい変化が生まれていきます。
石田が返してくれたのは、ノートという物だけでなく、硝子がいちど手放してしまった“人とのつながり”そのものだったのではないでしょうか。



“友達になりたかった心”を、
ちゃんと返してくれたんだ……
その後も石田は、硝子のためにできることを一つひとつ実行していきます。
かつて親しくなりかけたものの、離れてしまった佐原との再会を手助けしたり、
妹の結絃(ゆづる)の事情にも寄り添ってくれたりと、硝子のまわりの人たちにもまっすぐ向き合おうとする姿勢が感じられました。
そんな石田の変化にふれるなかで、硝子も次第に心をひらき、思いを寄せるようになっていったのでしょう。
けれどその気持ちは、ふたりの距離を近づける一方で――また別の葛藤を生むことにもなっていきます。
西宮硝子が飛び降りを決意した理由は?あの頃から積み重なった“自責の念”
石田に恋心を抱き始めた硝子は、その後も、友達として石田との関わりを続けていきます。
けれど、花火大会の夜。みんなのもとを離れて家に戻った硝子は、自宅のベランダから身を投げようとするのです。
あまりにも突然に見えるこのシーン。
硝子が何に思い詰め、なぜこのような行動に至ったのか――映画を初めて観たときには、少しわかりにくかったかもしれません。
ふり返れば、夏休みのある日。
硝子は石田に、「わたしと一緒にいると不幸になる」と告げていました。(映画『聲の形』より)



なんで、そんなふうに思っちゃうの……?硝子ちゃん……
硝子はなぜ、ここまで自分を責めてしまうのか。原作に描かれた、彼女の内に秘めた想いをたどってみましょう。
もともと抱えていた「わたしのせい」
原作では、硝子が石田たちの小学校に転校してくる前の様子も描かれています。
その頃からすでに、硝子は耳が聞こえないことでいじめられ、妹の結絃と一緒に傷つく日々を送っていました。
それでも硝子は、結絃をこれ以上つらい目にあわせたくない一心で、なんとか「ふつう」に馴染もうとがんばります。
けれど、その思いはなかなかうまく伝わらず、まわりとはすれ違ってばかりでした。
硝子と仲良くなろうとした佐原が悪口を言われて不登校になったり、石田がいじめられるようになったり……。
そうした出来事を、当時の硝子なりに感じ取っていたのでしょう。
「自分がいることで、誰かが傷つくのかもしれない」
そんなふうに自分を責める気持ちは、幼い頃から硝子の中に、ゆっくりと根づいていったのかもしれません。
小学生のとき“死にたい”と言った硝子
じつは、硝子が“死”を意識したのは、今回が初めてではありませんでした。
映画では、そのときの結絃の記憶が“不穏な夢”として描かれます。
結絃の夢に現れたのは、鳩の死骸、泣きながら手話で何かを訴える硝子、そして血を流して倒れる彼女の姿。



あの夢のシーン……
鳩も硝子ちゃんも、なんで??って感じじゃなかった?
それがわかるのは、硝子が飛び降りたあと。
結絃は、部屋に貼った“ある写真”を剝がしながら、つぶやきます。
「これ見たら、姉ちゃん、死にたいなんて言わなくなると思った……」
(映画『聲の形』より)
そして直後、ふたたび“手話の硝子”が静かに映し出され、この場面だけが、“夢”ではなく“記憶”だったとわかるようになっているのです。
原作では、この結絃の記憶が、よりくっきりと描かれています。
硝子は小学生のころ、ノートを池に捨てたあの日に、結絃に「死にたい」と手話で伝えていたのでした。
幼い結絃は大きな衝撃を受け、「どうすれば姉ちゃんが死にたくなくなるか」を、真剣に考えるようになります。
硝子の飛び降りだけを見れば、それは突発的な絶望に思えるかもしれません。
でも、「自分なんかいないほうがいい」という思いは、ずっと前から彼女の心に潜んでいたのでしょう。
また、わたしが壊してしまった
石田と再会したあと、硝子は彼のまわりにいる人たちとも少しずつ関わるようになります。
遊園地に出かけたり、原作では永束の映画づくりを手伝ったりと、これまでになく“みんな”の輪の中にいました。
けれど、石田が川井に「いじめのことを誰かに話したのでは」と疑うような言葉を向けたことがきっかけで、その関係にひびが入ります。
橋の上で全員が顔をそろえたとき、言い争いになり、石田は一人ひとりに厳しい言葉をぶつけてしまうのです。
原作では、彼の言葉が映画よりもさらにとげとげしく、重く描かれていました。
誰も返す言葉を持てず、輪は崩れ、石田は孤立します。
その場にいた硝子も、会話の内容まではすべて聞き取れなかったようで、あとから結絃に話を聞き、あらためて「自分のせいだった」と感じたのかもしれません。
それ以降、硝子は無表情でいることが増えていきます。
みんなの仲がバラバラになったのは自分のせい――
子どものころから抱えていた「ぜんぶ、わたしのせい」が、ふたたび胸をしめつけ始めるのです。
静かに準備していた“別れ”
硝子の「飛び降り」は、感情のままの衝動ではなく、ゆっくり積み重なっていった「わたしのせい」の延長にあったのかもしれません。
わたしと一緒にいると、みんな不幸になる――
そんなふうに思い込んでしまった硝子は、結絃の写真をコンクールに出すことで、せめて妹には“未来”を遺そうとしたようにも見えます。
その静かな行動の奥に、ずっと自分を責め続けてきた硝子なりの覚悟が込められていたのではないでしょうか。



いつも「ごめんなさい」って言ってたの、
ただのクセじゃなかったんだ……
映画の“その後”――ふたりがたどり着いた、共に生きるかたち
飛び降りようとした硝子と、それを助けた石田。
意識の戻らない石田を思いながら、硝子はあらためて自分自身と向き合い始めました。
この出来事を境に、硝子の“心の成長”と、石田との関係の深まりが少しずつ描かれていきます。
二人の関係は、恋じゃなくて“共生”だった
硝子があの日、声で伝えた「好き」は、石田にはうまく届きませんでした。
そして石田が抱いていたのは、“過ちを償いたい”という思い。
ふたりの関係は、恋へと進むことはありません。
それでも、“死”を選ぼうとした硝子の葛藤を、石田はたしかに受け止めました。
そして、「生きるのを手伝ってほしい」と彼女に伝えます。
“恋”ではないけれど、自分の存在を必要としてくれるその言葉は、硝子にとってなによりも大きな“救い”となったのではないでしょうか。
“もう一度”の気持ちが動きはじめたとき



あんなふうに動けたの、
硝子ちゃんだけだったかもしれない……
石田が意識を取り戻すまでのあいだ、硝子は、壊れてしまった人間関係を“もう一度”つなぎなおそうと動き出します。
原作では、橋の上での衝突以降、中断されていた「映画づくり」の再開に向けて、硝子が一人ひとりに声をかけていく姿が描かれます。
その結果、映画は完成し、文化祭で上映されることに。
やがて回復した石田も、文化祭に足を運びます。
気まずさを感じながらも、硝子のおかげで“もう一度”輪の中に戻ることができたのです。
「すれ違いがあったからもう終わり」じゃなくて、自分から関係をつなぎなおす選択が、前向きな変化を生む――
硝子の行動には、そんな“心の成長”が表れていました。
映画のその先に描かれる、“ふつうの日々”のはじまり



ふたりの時間が、そっと続いてる気がして……
ほっとしちゃった。
映画は、文化祭で笑い合うみんなの姿と、石田が一歩前に進むところで幕を閉じます。
静かであたたかな、やさしいラストでした。
けれど、原作ではそのあとも物語がもう少しだけ続いていきます。
小学生のころに願っていた「みんなとふつうに過ごす日々」。その続きを、硝子は今ようやく歩きはじめたところでした。
作り笑いじゃない、ほんとうの笑顔。
硝子の表情やふるまいに、変化が見えはじめます。
そして物語のラストでは――
過去と向き合うその場に、石田とふたりで立ち会う姿が描かれます。
すべてが解決したわけではなくても、前を向こうとするその気持ちが、確かにそこにありました。
まとめ『聲の形』“好き”から“飛び降り”へ――硝子の想いの流れ
硝子の行動は、理由やきっかけだけでは語りきれないものでした。
幼いころから「わたしのせい」と思い続けてきた硝子。
石田への“好き”が、彼女を前に進ませてくれた一方で、
二人の関係をきっかけに周囲の空気が変わり、石田はまた孤立してしまいます。
その出来事も「また、わたしのせいで」と思い込んだ硝子は、
どうにもならない罪悪感に、押しつぶされそうになっていたのかもしれません。
- 幼いころから、“わたしのせい”と思い込んでいた
- 石田が、“友達になりたい”という気持ちを返してくれた
- 一緒に過ごす中で、自然と「好き」が芽生えた
- ふたりの関係をきっかけに、石田が再び孤立
- 「また、わたしのせいで」と思いつめ、罪悪感が心に積もっていった
痛みを抱えたまま、それでも前を向いて歩き出した硝子。
そんな彼女の姿に、そっと背中を押された人もいるはずです。



胸がぎゅっとなったけど、
その先に希望があるって思わせてくれるラストだったな。